校長だより

秋深く

校長だより

秋深く

校長  小山 正辰

先輩から「中国詩人選集」という書をいただきました。

普段古典に接する機会が少なく、李白や杜甫といった有名な詩人の詩も、教科書で習った域を出ません。せっかくいただいた詩選集ですので、気になった詩を味わってみました。

七五三の時節だからと、選んだわけではないのですが・・。

李白:三五七言

秋風 清     (秋風 清く)

秋月 明     (秋月 明らかなり)

落葉 聚 還散  (落葉 あつまって た散じ)

寒鴉 棲 復驚  (かん<冬のからす> んで た驚く)

相思 相見 知何日(相思い相見る 知るしるいずれの日ぞ)

此時 此夜 難為情(の時此の夜 じょうがたし)

三五七言:三言五言七言それぞれ二句づつ対になっている。

この詩体は李白の創作と言われている。

すでに立冬はすぎていますが、私たちの感覚は秋。紅葉を楽しむ時節です。訳もついていますので紹介しておきましょう。

「秋の風はすがすがしく、秋の月は明るい。落葉は風に吹き寄せられては、また散る。

からすはねぐらに帰ったかと思うと、ふいに驚いて飛び立つ。

思う人に会えるのは、いつの日のことか知れない。

こんな時、こんな夜、もえさかる気持ちを、どうしてよいかわからない。」

「思う人」を「希望の大学」とおきかえると受験生の気持ちでしょうか。

でも、それぞれに詩の世界を楽しめば良いですね。

二つのご報告

校長  小山 正辰

今月は、お知らせするのが楽しく嬉しい報告が二つもあるので、限られた字数の中で精いっぱいお伝えします。

    (1)宮古島修学旅行

 10月2日(火)から5日(金)の3泊4日で、沖縄県宮古島と那覇市へ2年生358名と行ってきました。台風17号が通り過ぎたあと「サトウキビ畑」は塩害でかなり傷み青々とした風景とはいきませんでしたが、4日間とも晴天、3日目夜の交流会では全員の「涙そうそう」合唱後にライトが消え、空を見上げると満点の星に「天の川」がくっきり。Milky Wayという言葉が実感できました。

 昼過ぎまで雲が多く、2年前のようにはいかないだろうな、と考えていた私でしたが、迎えていただいた「さるかの会」(64家族の方が2日間、生徒を家族の一員として遇していただきました)の皆様の気持ちが通じたのです。触れたかった人情、見せたかった夜空、すべてを満喫して帰ってきました。

(2)大槌高校文化祭へ親善大使派遣

 先月お約束した大槌訪問記です。自治会前副会長と、最初のボランティアバスから中心になって行動してくれた先生を本校からの「親善大使」として大槌高校文化祭にお招きいただきました。二人は「さくら協定記念折り鶴アート」「書道授業で作成した大槌高校 校歌鏡」「生徒のメッセージ鏡」そして「2012白球が結ぶ絆 大槌高校と桜塚高校 ~さくら協定から交流試合まで~」と題した記念誌を携えて訪問してくれました。

 花巻空港まで出迎えていただいたのは、交流試合で審判を務めていただいた大槌町平野総務部長。民俗学者柳田國夫の「遠野物語」で著名な遠野市の伝承園に寄っていただいたあと学校へ到着すると、夏に出会った野球部の生徒が全員で出迎えてくれました。

 文化祭の開会式で二人を紹介していただき、「折り鶴アート」のお披露目。そして、そして・・・。とても書ききれません。この続きはどこかで。

桜花祭を終えて

校長  小山 正辰

今年の文化祭(9月15日)は、久しぶりに「桜花祭」の名前を復活させただけでなく、自治会執行部は、新しい取り組みに意欲的でした。

1.「桜塚から日本を元気に!!」という全体テーマを設定し、クラスやクラブの催しもそれに沿った内容にテーマ設定したこと。

2.「さくら協定」を記念して、全校生徒による「折り鶴アート」を完成させたこと。

3.パンフレットも小振りの小冊子に換え、持ち運びに便利、見やすくレイアウトしたこと、などなど。

 1と2は連動しています。東日本大震災からの復興は、「いまだ道半ば」、まだまだ私たちのできることを続けていかねばと思います。そういう気持ちを生徒たちは「テーマ」と「折り鶴アート」という形で表現しました。1000人を超える生徒が一人7~8羽の折り鶴を作成し、それをつなぎ合わせて「桜」の形に造形しました。10月21日行われる「岩手県立大槌高校文化祭」に代表生徒が持って行くことになっています。

 PTAのOBの方(桜援会)の方には、東北3県の物産展で来場者に東北の物産を宣伝、販売していただき、PTAにはバザーや喫茶の売り上げで生徒を支援していただきました。  OBの方々(尚和会)は歴史を振り返る写真展で多くのOBを誘い、例年の倍以上の先輩方に来場していただきました。

 このように桜塚高校全体が一体となって文化祭を作り上げ、「被災地そして日本を元気に」と取り組みました。

 次回は、大槌高校訪問のお知らせができると思います。お楽しみに

8000羽の折り鶴アート

2012年 夏

校長 小山 正辰

この夏67回目の終戦記念日を迎えました。中国、韓国との領土問題など1945年以前の戦争や体制にまつわる想いが、67年経った今もなお続いていることに歴史の複雑さを感じています。

本校の1年生は67期生、そういえば、今年の体育祭は6月7日、そしてこの6月7日は、本校の前身豊中高等女学校の先輩たちが豊中空襲にあい、この月3度の空襲の結果7名の方が天に召されました。

6月7日になると本校玄関に立つ「ほむら野の像」に献花がなされます。本校定時制の先生の親族がこの空襲で亡くなり、そのことを忘れぬためにと、毎年花をたむけていただいています。ほむら野の像には諸先輩のさまざまな思いが込められており、私たちは非戦の想いを次代に継承していかねばと考えています。

 

戦災と震災、同じではありませんが、「復興祈念」ということで、8月7日本校に岩手県立大槌高校の皆さん(山形校長先生、高橋前校長先生、大槌町平野総務部長(前町長職務代行)、野球部顧問3名、部員マネージャー17名)をお迎えしました。短時間ではありましたが「ほむら野の像」についても自治会生徒から説明してもらい、そのあと学校紹介、案内、記念写真を撮りました。甲子園の開会式でキャッチャーを務めた彼らの先輩、金野利也君は祖母、母、姉をこの震災で亡くされました。2年生キャプテンの佐藤君も含め家族、親族を失った悲しみはこれからも消えることはありません。

「復興祈念交流試合」では思い切りプレーをしてもらい(この様子はこのHP、What’s Newでご覧ください)、8月8日には甲子園で金野君の始球式を見届け、2試合も観戦しました。

大阪、豊中での3日間の思い出を胸に、元気に大槌へ帰って行かれました。豊中市危機管理室の皆さん、本校野球部生徒と共に名残を惜しみながらお見送りしました。

七月巻頭言

校長 小山正辰

 

7月3日、豊中市教育委員会山元行博教育長、青少年課杉山課長他2名の方に、「出前授業」をしていただきました。2年生、美術専攻生を前にです。

メインは山元教育長のお話。タイトルは、「みんなで祝う成人式 ~デザイン制作に取り組む桜塚高校生へのメッセージ~ 」と題してのものでした。

本校生を中心に高校生、支援学校生が一緒になって豊中市の、来年成人式を迎える20歳の先輩方(新成人)へ送る(贈る)案内チラシや封筒を作成するという企画です。

小学4年生(10年後の成人)や、そして若い力を支える地域の大人が一緒になって、門出を祝い、メッセージも送るそうです。

 

数年後成人を迎える中高生にとって、近未来である20歳は、私たち大人が思うより遠くのもの、と感じているかもしれません。20歳という時期を経過してきた私たち大人は、20歳だけでなく、30歳,40歳の自分の姿は過去になり、できなかったことに、つい言い訳しがちです。

これから大人になろうとする若い人たちが、より良い未来、将来が描けるよう私たち自身もまだまだやるべきこと、あるのだろうとおもいます。職業人として、家庭人として。そして社会人として。

 

山元教育長様は、市民みんなでお祝いする成人式の意義や人生、将来についてまで語っていただきました。東南海地震に備える豊中市の施策という少し固いお話から、成人式に集って我が息子娘の将来を語り合う親御さんの話、教え子である芸妓さんの不断の努力のお話など、生徒たちの琴線に触れる温かいメッセージでありました。

 

桜塚高校生徒は、こうして授業のなかで「人間力を養う」経験もさせていただいています。終業式前には、1年生から3年生まで、それぞれの学年が工夫した「人権を考える」講演会などを持ちます。豊かな人間性を持つ本校生が、さらにバージョンアップしてくれます。

 

<お知らせ>

8月7日(火)、岩手県立大槌高校と本校野球部が「復興祈念交流試合」を「曽根ローズ球場」で行います。詳しくは、本HP案内欄をご覧ください。

六月巻頭言

校長  小山 正辰

 

6月を迎えました。梅雨入りもそろそろ、との報もあり体育祭を控え、天候が気になる時節です。月初めの今日、地歴科の村川教諭の日本史の授業、3年1組の生徒に帯同し、近くの「古墳」見学に行ってきました。

「桜塚」の地名の由来となったのは、岡町駅前、原田神社鳥居近くの古墳(今は跡地)ですが、岡町駅周辺には西側の「大石塚古墳・小石塚古墳」(4世紀頃)と、東側、本校南に位置する3つの古墳群(5世紀)が国史跡として保存されています。

本校正門から約100mにある「大塚古墳」は直径56m、周濠幅12mあった阪神間最大の円墳。5世紀前半の大和政権武人が埋葬者である、といいます。生徒と一緒に村川教諭の説明を受け、古墳頂からはるか1600年前なら,みえたであろう大仙陵(伝仁徳天皇陵)に想いを馳せてみます。5世紀の人々にとって古墳はランドマーク、さしずめ「5世紀のスカイツリー」とでも呼んでおきましょう。

また、鎌倉時代にこの大塚古墳は盗掘にあっています。それがわかったのは、盗人たちが放置していった「灯明皿」一つであったことなど。500年、1000年という歴史と人間の行為の痕跡がこのように伝えられ、身近に感じることができる喜びを感じました。

 

大塚古墳は公園としても整備されています。公園と道ひとつ隔てて南にある「御獅子塚古墳」。現在は、南桜塚小学校の敷地内にあり、普段は中に入れません。許可を得て、毎年日本史の授業で見せていただいているそうです。

こちらは、大塚古墳より少し小振りだけれど「前方後円墳」です。大塚古墳の埋葬者の息子ではないか、と言われています。「方」墳側が「生」の世界、「円」墳側が「死」の世界、その間に鶏の埴輪が埋められていたそうです。鶏は朝を告げます。夜の世界は死の世界、朝は生の世界。両世界をつなぐ象徴としての埴輪、埋葬なのです。

学校への帰り道、公園内にある甲冑像の説明も受けました。鉄でできている鎧は重く動きにくいものです、1600年前の武人がどのように戦い、鎧で身を護ったのか。

50分の授業、正門から100mの距離で1600年前を体験しました。教師は「地の利」を得た授業を展開することができ、生徒は身近な公園が歴史教材となる。

この立地条件を天佑といわず、なんと言おうか。幸せだなあ。

五月巻頭言

GWが明け、来週から1学期中間考査がはじまります。

5月14日、豊中市の「とよなか都市創造研究所」主催「調査研究報告会」に佐藤首席、軽音楽部の生徒、顧問と一緒に参加してきました。地域と高校がどのように連携しているか、できるか、これからの方向性も含めた調査結果や、公民分館という豊中独自の地域組織との連携の模索も報告されました。本校の「岡町・桜塚商店街横断幕アート」の取り組みや軽音楽部が作詞作曲し、毎日商店街に流れている商店街応援ソング「おかまち桜いろ」の披露、そして、私や軽音楽部山口峻生(たかお)君もパネリストの一人として参加したシンポジウム、2時間が短く感じられる内容の詰まった報告会でした。 桜塚高校は、勉強も頑張る、クラブ(部活動)も頑張る、地域の方々との交流・連携も大事にするという学校です。このような形で日頃の活動を皆さんに知っていただいたことは嬉しい事でしたし、3年生川地君、黒田さん、雨宮さん、2年生蓮池さん、そして山口君という生徒たちが、なにより地域の皆さんに支えられているということを実感できたと思います。会場に詰め掛けていただいた多くの方々の中に、本校前身、豊中高等女学校1期生の越水ユリさんもいらっしゃり、終了後生徒たちと話し込んでいた姿が印象的でした。

70年という年の差を超えて何を話し込んでいたんだろう?(生徒は17,8歳、越水さんは88歳)

本年桜塚高校は、創立75年目を迎えました。GW中に、同窓会組織である尚和会やPTA、教育振興会が75周年を記念して、中庭である恵風苑、恩露園の散策道を改修いただきました。雨がふっても水たまりを気にせずゆっくり歩け、戦前から引き継いでいる両苑(園)を観賞いただけます。

4月7日、正門前にて「枝垂れ桜観賞会」を府民の皆様に公開したのに続いて、恵風苑、恩露園もみていただけたらなあ、と尚和会会長大畠様とも話し合っています。地域の皆さまから信頼され応援いただける学校であり続けたいと考えています。その力がOB,PTA,教職員皆で生徒たちを応援する力となり、生徒一人ひとりの成長の糧になると信じています。

四月巻頭言

2月29日、310名が巣立って行きました。

3月15日、1,2年生がそれぞれ2,3年生に進級する終業式を迎えました。

3月23日、360名の新入生の合格が発表されました。

4月2日、13人の教職員が退職、異動により本校を去り、19人の新しいスタッフ(教職員)が本校を支えるためにやってきてくれました。

 

3月、4月は「桜」と共にやってきて、過ぎていきます。

新しい場所で卒業生もまた意欲をみなぎらせていることでしょう。

2,3年生も新しいクラス、新たな担任で新年度を迎えます。

新入生は新しい制服に身を包み、新しい靴の紐を「キッ」と結ぶ事でしょう。

4月から1単位時間が増え、月・水曜日が7限となります。 下校時刻は毎日17:45とし、少し延ばしました。

3月の終業式の日に、私は生徒たちに、 2012年 桜塚高校は 明日へ備え、文部 ぶんぶ 両道をめざす!!! という言葉を校長室に掲げた、と話しました。

明日(=あした&将来)に備え、学習や生活、を目いっぱい、きちんとやる。 文(=学習)も部(=部活動)も両立して目いっぱいやる。 明日という未来を、自分の夢に引き寄せてみせる、という宣言である、と。

今年も、桜塚高校の生徒に期待してやってください。 彼らは、きっとやります。

二月巻頭言

誰もが一度は通過する「セブンテーン」。甘酸っぱい17歳。

高2から高3。

高校3年生となり、18歳を迎えると、法律上さまざまなことが許されることを知っている。

でも、高校生ではできないことがたくさんある。

なぜ?

受験を控えた18、という年齢では、まず、大学に合格しなけりゃはじまらない、と考える。

どこへ?

どんなふうに?

そういう「ややこしい感情を振り切り?」

「とにかく机の前に座る」「教科書・参考書・過去問に挑む」

 

この2月、3月いまだ決定していない時期、未定なことへの浮遊感と不安。

進路が決まった仲間への羨望は、自らの決定で覆してやると意気込むも、つきまとう続けなければならない努力。

 

未定のまま、迎えねばならない卒業式。どこかで、自分を振り切り、割り切り、明るい笑顔で別れを告げる。

41年前の私の卒業式。

 

さくらづか64期生、もうすぐ卒業式。

新年巻頭言

校長 小山正辰

年が改まって、初めての御挨拶になりました。少し遅くなり恐縮です。
昨1月17日、朝5時過ぎに目覚めました。忘れられない17年前、まだ幼かった娘と枕を並べて眠っているところに部屋が上下に大きく揺れ、書架が倒れてきました。幸い布団をかぶっていたので怪我には至らず、しかし、台所の食器は飛び出し割れ、コマのついたテレビ台は部屋の反対側に大きく動いていました。運良くスイッチが入ったテレビではNHK宮田アナウンサーがただならぬ状況を伝えていました。6000人を超える方が亡くなられたのを知るのは少し後でした。
昨日は、5時46分、テレビで流れる「黙とう」の声とともに、画面の中の神戸の方々と一緒に黙とうさせていただきました。東日本大震災被災者の皆さんに想いを馳せながら。

2月11日には、岩手県立大槌高校高橋校長先生が、豊中市にやってこられ、お話を聞く機会があります。本校生やPTAの皆さんにも、お知らせしています。8月に寄せていただいた生徒たちは、高橋校長先生から言葉にできぬほど多くのことを教えていただきました。私は電話でしかお話していませんので今度はお目にかかってお礼を述べ、その後のことも聴かせていただこうと思っています。
陸前高田では「鎮魂の仏像」を作る、というお話を聞きました。石川昇(しょう)明(みょう)さんという人が「高田のシンボルである高田松原の松の木で立像八寸の地蔵菩薩を製作、高田市の23ケ寺に寄贈する」というのです。何百年も伝えるためには漆、金箔を施さねばならぬようで、応援していただける方があれば、というお話です。「陸前高田の松で仏像を作る会」で、検索していただければ詳細はわかる、ということだそうです。関心のある方はHPを訪ねてみてあげてください。

大学入試センターのテストは、大荒れでした。本校生も多数受験しました。自己採点もおこないました。結果が出、出願、受験、最終結果が出るまで気は休まりません。そして2月29日には卒業式を迎えます。
3月には、新たな桜塚生となることを希望する中学生の皆さんが来てくれると思います。
皆さん、一日一日を大切にしながら今年も頑張ってまいりましょう。よろしくお願いします。
(平成24年1月18日 記)